19.色々起きます

再出社を果たし、しばらくは比較的安定した時期を過ごしました。しかし、残念なことに、回復感を感じることはあまりありません。そして、病気が元であろう予想できない事象が起こったりします。


2,015年3月末に風邪を引いてしまいました。重症化し易いと聞いていたので気をつけてはいたのですが。難病を抱えている身としては、いわゆる町医者に行くのも心配なため、いつもの病院に連絡を入れると、主治医に見ていただけることになりました。診察してもらった結果、悪性なものでは無いでしょう、と言う事で炎症を抑える薬と痰を出しやすくする薬を処方していただきました。しかし、中々治りません。5日位安静にしていましたが、あまり回復せず、少し無理をして出社しました。安静にして治らないなら、体を動かした方が良いのではと考えたからです。出社、休みを繰り返し、それでも少しづつ回復してゆき、結局2周間位辛い日々を過ごし、ほぼ回復するまで一ヶ月近くかかりました。主治医からは、体調の良い悪いを繰り返しながら、少しずつ回復の方向へ向かうと言われましたが、その通りでした。しかし、こんなにも長い期間がかかるとは思っていませんでした。難病をかかえていることをあらためて思い知らされました。


それから、この頃から血圧が上昇し、降圧剤を飲み始めています。


そして、左脇腹付近に紅斑ができたため、ステロイドを1日12mgから1日15mgへと増量しています。


2,015年6月今度は右胸の当たりが締め付けられるような感じがします。最初は自然に回復するだろうと思っていたのですが、1周間位して症状が重くなっているように感じたため、主治医に相談しました。そして、循環器内科の予約を取っていただきました。循環器内科では心電図や心エコーなどの検査をやっていただきましたが、どこにも異常は見られないとのことで様子を見ようと言う事になりました。症状はその後2周間位で治まって行きました。結局なんだったのでしょう。


2,015年11月17日夜、胸に強い痛みを感じました。しばらく前から胸に痛みを感じたことはありましたが、自然に治っていました。しかし、この日は治りません。痛みで眠れない夜を過ごし、翌朝、主治医に連絡を取り、今度は内科の予約を取っていただきました。診察を待つ間に1回戻してしまったことを記憶しています。内科では血液検査の後、痛み止めを打っていただき、やっと苦痛から開放されました。ただし、一時的な対処で痛み止めが切れれば再びいたみ出すと言われました。血液検査の結果はAST(基準値11~31)、ALT(基準値7~42)ともに4桁を超えていて緊急入院となりました。しかし、再び痛み出すと言われたものが、痛み出しません。翌日以降も色々と検査を行いましたが、肝機能の異常を示す数値以外に異常は見つかりませんでした。そしてその後、肝機能の異常を示す数値も、徐々に下って行きました。消化器内科の医師によると、胆石だった場合に自然に石が取れてしまうことがあるとのことです。ただし、自分の経験からすると、そうだったとしては下がり方のペースが遅いとのことでした。結局、原因は、分からずじまいでしたが、数値も基準内に入り、状態も安定しているため、12月2日退院となりました。これまたなんだったのでしょう。

 

気分はいつもハットトリック ~皮膚筋炎闘病記~

50を過ぎてこんな人生が待っていようとは、 普通のサラリーマン生活を送り、定年も見えてきた50代半ば、指定難病である「皮膚筋炎」になってしまいました。まさか自分がいわゆる「難病」になるとは夢にも思っていませんでした。 この先どの様にこの難病と付き合っていくか、貴重だった時間が余ってしまっている今、闘病記録の整理と、同類の病の人に何かの参考になればと思い闘病記を書いてみることにしました。

0コメント

  • 1000 / 1000