再出社してみると、浦島太郎状態です。休職期間は1年位でしたが、こんな感じだったかな~と。それと、社会への対応能力が衰えている感じです。廻りのペースについて行けません。外部と隔離された環境で1年過ごしたことが大きく影響しているように思います。そして、集中力が続きませんし、精神面も安定を欠いています。自宅で療養していた時は、時間もゆっくり流れる感じでしたが、社会に戻ってみると適応できていない自分がいます。体も不自由ですが、精神面でも自分は病気なんだと思い知らされているように感じます。こんな状態ですが、廻りの理解もあり、できることから徐々になれさせていただきました。
出社してみて、健康だった時には考えもしなかった思いをすることが度々あります。例えば、親切でお先にどうぞとされることがよくありますが、これが結構困ったりします。思う様に体を動かせないため、沢山の人が待っていたりすると、とても申し訳ない気持ちになります。また、歩くのが遅いのですが追い越しては悪いと後ろを歩かれることがあります。非常に気になります。なるべく自然に対応していただけるとありがたいのですが、自分も逆の立場であったならば同じことをしていたかもとも思います。時間を掛け、お互い理解を深めて行くしかないと思われます。
相変わらず時間に余裕があるため、社会保証制度について調べてみました。
最初に思いついたのは、身体障害者手帳です。主治医に聞いてみました。回答は、身体障害者手帳は症状が固定化してから半年経過すると申請できるとのことです。しかし、私の場合は該当しません。私の場合は治療中であり、少しづつですが回復途中にあるため、固定化という定義に当てはまらないことになります。このルールはどうなのかなとは思いましたが、仕方ありません。
それと、病気療養中の人には残念ながら社会はやさしい作りにはなっていないとのことでした。いろんな人のブログなどを見てみますと、難病患者の人で身体障害者手帳を持っている人は少数派のようです。
そんな時、思いやり駐車場制度というものがあるのを見つけました。思いやり駐車場制度は、特定医療費受給者証で申請可能です。または、医師の診断書でも可能です。申請が通ると利用者証が送られて来ます。それまでは、一見では歩行が不自由とは分からず、障害者手帳も持っていないため、障害者用の駐車スペースは利用しにくいものでした。
あれこれ調べていると嬉しくない事実もわかります。
私が死亡したとしたらです。家族には保険金が入ります。住宅ローンは返済免除となります。さらに、遺族年金も受け取れることが分かりました。思うように働けなくなってしまった私の存在価値は?。
深く考えないことにしたいと思います。
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